So-net無料ブログ作成

靴とココロの関係 [雑感]

 失敗したかもしれません。そう思って、悲しくなりました。
 足幅が狭く、パンプスの履けない私ですが、ついに憧れの靴を買ってしまいました。普段の私からしたら、べらぼうに高い買い物でした。ネットショッピングでセミオーダーのその靴が、出来上がってもうじき届くのです。
 でも、改めて注文を見たら、ちょっと幅狭すぎない???これ、届いてもはけないんじゃない???

 甲低幅狭足で、合う靴がないこと。それは私にとってコンプレックスと言えるかもしれません。
 外へ出るための「靴」というアイテム、私にとっては象徴的な意味を持つのかもしれないと思います。
 合う靴がないから外に出られないという、ひきこもりの私の言い訳。合う靴があれば外に出られるのかも、普通の人と同じように振舞えるのかもという、根拠のない期待。
 だから私は靴を買ってしまうのです。

 今回、驚くほど高い靴を買ったのは、外に出て行きたいという希望の故かもしれません。そしてサイズ選びに失敗したのは、外に出ることへの怖れの故。無意識に履けない靴を選んだのです。
 せっかく外に出る気持ちになったのに、まだまだこんなに恐れがあったとは。悲しいです。でもそれはまだ、過渡期だと言うだけのこと。

 靴が届いて、履けなかったら伸ばしてもらえるらしいし、作り直しもしてもらえるらしい。お金は倍かかるかもしれないけど・・・。必要経費かもしれない。足のためでもあるし、心のためでもある。
 一方で、「靴」に象徴的な意味を持たせすぎているとも思います。合う靴がなくても、恐れを克服することはできるはず。靴を言い訳にしないで、靴は靴に過ぎないのだから。いくら靴をそろえても、対人恐怖や社交不安がなくなるわけではない。

 とくに「パンプス」という靴は、私にとって、ちゃんと社会生活できている女性のイメージです。パンプスを履きこなす女性=社会に適応している女性というイメージを、あの靴に投影しているのです。だから、パンプスに憧れ、パンプスが履きたかった。
 結婚して、子どもを生んで育てて、やむにやまれず外に出るようになり、ほんの少し自信がついたのかもしれません。次のステップは、もっと社会に適応したいということ。堂々と自信を持って、大人の女性として。
 でも、物じゃないんだよ。パンプスを履いてなくても、ちゃんと社会に適応した大人の女性になることはできるし、パンプスが履けたからってそうであるとも限らない。すべては私のイメージ、私が意味づけているに過ぎないのです。

 靴の悩みから自由になりたい。
 外に出掛けること、人と関わることへの恐れから、自由になりたい。
 少し前に社交不安についての本を買いました。
 


 ひきこもるという「回避行動」を、なるべく少なくしていこう。
 「買う」という行動をした自分を認めよう。たとえ失敗という経験であっても、買わないという「回避」をしなかった自分を認めよう。あの高い靴を買うことは、私にとっては少なからず社会に適応したいという夢であり勇気だったのだから。
 ちなみに今回の買い物、自分の貯金から出しました。昔、ほんの少しやったアルバイト代、ほとんど使わず貯めていました。靴のサイズが合おうが合うまいが、この経験が良いものとなりますように。すでにいろいろ気づかせてもらいました。

 
アダルトチルドレンランキング


にほんブログ村


nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:育児

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。